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creep番外編『包丁の怪』⑬
■■■■■■■■■■■■■
『そろそろ来た?って…何が?』
『女の子』
面倒臭そうに、単語で切り返す氷の女王
ただでさえ温度を感じない声は更に冷え込んでいる
『女の子』っていう言葉も気になったけど、それよりも携帯が氷ついてしまわないか心配だ
メールを確認した直後
背中にじんわり冷たいものを感じながら踵を返し
飛び込むようにしてマサルの部屋に戻った俺は、すぐに女王への短縮ダイヤルを押した
永遠に続くんじゃないかと思うような長い長いコールの後
ふいに繋がる電話
ガサガサとシーツに溺れる音が漏れた後で
『来たの?』と、気怠そうな声が帰ってきた
『悪いな、寝るところだった?』
『そんなのいいから、来たの?』
気遣いなんて物は、奴にとったらスーパーで売ってる冷凍エビみたいなもんだ
カチカチに凍らされて、忘れた頃に解凍して食ってみたって大して美味くはないだろ?
そのくせ忘れた頃に
『気を遣ってくれていたのか』
『ありがとう』
なんて言い出すもんだからタチが悪い
相手はどんな顔して良いんだかわかんないよな
エビも、気遣いも、鮮度が大切なんだよ
女王
女の子かどうかはわからない
だけど、確実に誰かが来た
そう伝えたら
女王は『あー』と一息、小さく唸って
実に面倒臭そうに口を開いた
■■■
奴の話と擦り合わせると事件の始まりは、遡る事、数回前のライブの日では無いかと思われる
その日は新宿でイベントライブに出演していた
どこのバンドもそんなもんだと思うけど、リハーサルが終わってしまえば、本番までの時間はほとんどの場合持て余していた
昼飯を食べたら、ほとんど目的も無く街をふらついたり、本を読んだり、携帯ゲームに熱中したり
それでも余して一眠り、なんて毎度の事だ
あの日も例に漏れずそうだった
会場から近い『大勝軒』でラーメンを腹におさめたら
あてもなく街を回遊していた
実を言うと
細かい事はほとんど覚えていない
無意識って怖いよな
何も考えて居なかった
何の期待も、目的も、興味も持たないで街を歩いていた
もしかしたら
目の前で誰かが居なくなったとしても、気付けなかったかもしれない
『無意識』は
誰かにとっての優しさで
誰かにとっての地雷だ
いつだって問題は
『無意識』の当人が気付かないところで起こっている
そういう意味で
『女の子』は被害者かもしれないな
creep番外編『包丁の怪』
続く
creep番外編『包丁の怪』⑫
□□□□□□□□□□□□
まるきり逃げ場の無い八畳間
うごけない俺
安蛍光灯が厭味なくらいに
まるい背中を照らしている
さっきまで
俺は目と脳だけの生き物になっていた
いや、考えてすら居なかったのかもしれない
暗闇の中、在るはずの無いものを在るとして疑わず、あらゆる感覚は目で感じていた
血液もそうだ
素晴らしい速さで身体中を駆け巡り、視神経や細胞の活性を助けたに違いない
そしてついに
その視線の先に、異形の存在を認めようかという瞬間
ほとんど暴力だった
頭では理解し難い事象を眼前にして、それでも頭を使うしかない人間は
あらゆる経験と知識から成る型に当て嵌め、形容しようとして、そのどれにもリンクしない現実の前に、ほとんどが只々、狼狽えるしかないだろう
身体は強張り、心は張りつめ
鼓膜のすぐ奥では鼓動が、身体が波打つ程荒ぶり、高速のノックを繰り返す
呼吸は浅くなり
まるで他人の呼吸する音を間近に聞いているような錯覚を覚える
高揚に高揚を重ね
いよいよ極まって
頭の奥が、芯が、どうにかなりそうになった
その瞬間
はたまた
後か、先か
嘘みたいに正しい
電子音と振動の暴力
一瞬にして現実に引き戻される
背中にじっとり生温いモノを感じた
汗をかいている
妙に粘り気のある、厭な汗だ
暴力の正体と送り主をチェックしようとポケットをまさぐる
知らない間に握り締めていた拳を開いて、手の平もかなり汗ばんでいる事に気付いた
慣れたもんだ
何なら目を瞑っていたってメールBOXを開くページまで辿りつけただろう
だけどそれは『いつもなら』の話だ
暗闇から視線を逸らすのが、たまらなく恐ろしかった
集中していた時のような純然たる好奇心に負けて、というのではなく
むしろ、怯えきって動けない状態に近かった
暗闇とやたらと目映いモニターを視線だけで何往復しただろうか
メールBOXを開く
受信メールは一件
差出人は氷の女王の妹の方
件名は無く
実に素っ気なく、一行だけ
『そろそろ来た?』
嫌な予感がする
creep番外編『包丁の怪』
続く
まるきり逃げ場の無い八畳間
うごけない俺
安蛍光灯が厭味なくらいに
まるい背中を照らしている
さっきまで
俺は目と脳だけの生き物になっていた
いや、考えてすら居なかったのかもしれない
暗闇の中、在るはずの無いものを在るとして疑わず、あらゆる感覚は目で感じていた
血液もそうだ
素晴らしい速さで身体中を駆け巡り、視神経や細胞の活性を助けたに違いない
そしてついに
その視線の先に、異形の存在を認めようかという瞬間
ほとんど暴力だった
頭では理解し難い事象を眼前にして、それでも頭を使うしかない人間は
あらゆる経験と知識から成る型に当て嵌め、形容しようとして、そのどれにもリンクしない現実の前に、ほとんどが只々、狼狽えるしかないだろう
身体は強張り、心は張りつめ
鼓膜のすぐ奥では鼓動が、身体が波打つ程荒ぶり、高速のノックを繰り返す
呼吸は浅くなり
まるで他人の呼吸する音を間近に聞いているような錯覚を覚える
高揚に高揚を重ね
いよいよ極まって
頭の奥が、芯が、どうにかなりそうになった
その瞬間
はたまた
後か、先か
嘘みたいに正しい
電子音と振動の暴力
一瞬にして現実に引き戻される
背中にじっとり生温いモノを感じた
汗をかいている
妙に粘り気のある、厭な汗だ
暴力の正体と送り主をチェックしようとポケットをまさぐる
知らない間に握り締めていた拳を開いて、手の平もかなり汗ばんでいる事に気付いた
慣れたもんだ
何なら目を瞑っていたってメールBOXを開くページまで辿りつけただろう
だけどそれは『いつもなら』の話だ
暗闇から視線を逸らすのが、たまらなく恐ろしかった
集中していた時のような純然たる好奇心に負けて、というのではなく
むしろ、怯えきって動けない状態に近かった
暗闇とやたらと目映いモニターを視線だけで何往復しただろうか
メールBOXを開く
受信メールは一件
差出人は氷の女王の妹の方
件名は無く
実に素っ気なく、一行だけ
『そろそろ来た?』
嫌な予感がする
creep番外編『包丁の怪』
続く
creep番外編『包丁の怪』⑪
■■■■■■■■■■■
正体不明の怪音
緊張と恐怖に煽られて、口から飛び出そうな程高ぶる心臓の鼓動とは裏腹に
意を決して開け放った扉の先に横たわっていたのは
まったくの間抜けな暗闇だった
ダイニングの安蛍光灯が、俺の肩越しにぼんやりとアツシの部屋を照らしている
ふいに
ベッド脇の暗闇で何かが蠢いた
何か、いる
身体の中心を、凄まじい速度で悪寒が走る
完全にビビっている俺の足は、床に貼り付いて少しも動かないって言うのに、そんな時でさえ好奇心は、恐怖なんて簡単に凌駕してしまう
じっとりと熟れた暗闇から、無理矢理に視線を引っ剥がして、ゆっくり後ろを振り返ると、隆三が神妙な面持ちで暗闇を見つめていた
奴の顔を見たら少し誤魔化せた気がしたけれど、それでも臨戦態勢の猫みたいに、体中の毛が逆立っているのがわかる
ただ、どうにかしようとか、捕まえてやろうなんて気は、俺の場合、毛筋の先ほども無かった
何か少しでも違和感を感じたら、全力で逃げるつもりだった
足の指が、畳に喰い込むほど力んでいた
完全に腰がひけている
情けない話だけど、これが現実だ
どうせ俺は、鉄のハートを持つスーパーマンやヒーローにはなれやしない
とか何とか巡らせているうちに、視界の先には、とぐろを巻く闇
その中で蠢くものの正体は何なのか?
ひたすら暗闇の一点を凝視する
頭の中は空っぽで、真っ白な時間が果てしなく続くように思えた
ところが
事態は思わぬ方向へ
永遠にも思えた時間が、いよいよ確かなものになろうかという頃
突然、けたたましく鳴り響く電子音
我に帰る
ふいに目の前が明るくなる
…携帯?
ポケットの中では、短く、規則的な振動が続いている
暗闇を切り裂いたのは
一通のメールだった
creep番外編『包丁の怪』
続く
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sent from W-ZERO3
正体不明の怪音
緊張と恐怖に煽られて、口から飛び出そうな程高ぶる心臓の鼓動とは裏腹に
意を決して開け放った扉の先に横たわっていたのは
まったくの間抜けな暗闇だった
ダイニングの安蛍光灯が、俺の肩越しにぼんやりとアツシの部屋を照らしている
ふいに
ベッド脇の暗闇で何かが蠢いた
何か、いる
身体の中心を、凄まじい速度で悪寒が走る
完全にビビっている俺の足は、床に貼り付いて少しも動かないって言うのに、そんな時でさえ好奇心は、恐怖なんて簡単に凌駕してしまう
じっとりと熟れた暗闇から、無理矢理に視線を引っ剥がして、ゆっくり後ろを振り返ると、隆三が神妙な面持ちで暗闇を見つめていた
奴の顔を見たら少し誤魔化せた気がしたけれど、それでも臨戦態勢の猫みたいに、体中の毛が逆立っているのがわかる
ただ、どうにかしようとか、捕まえてやろうなんて気は、俺の場合、毛筋の先ほども無かった
何か少しでも違和感を感じたら、全力で逃げるつもりだった
足の指が、畳に喰い込むほど力んでいた
完全に腰がひけている
情けない話だけど、これが現実だ
どうせ俺は、鉄のハートを持つスーパーマンやヒーローにはなれやしない
とか何とか巡らせているうちに、視界の先には、とぐろを巻く闇
その中で蠢くものの正体は何なのか?
ひたすら暗闇の一点を凝視する
頭の中は空っぽで、真っ白な時間が果てしなく続くように思えた
ところが
事態は思わぬ方向へ
永遠にも思えた時間が、いよいよ確かなものになろうかという頃
突然、けたたましく鳴り響く電子音
我に帰る
ふいに目の前が明るくなる
…携帯?
ポケットの中では、短く、規則的な振動が続いている
暗闇を切り裂いたのは
一通のメールだった
creep番外編『包丁の怪』
続く
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creep番外編『包丁の怪』⑩
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次なる異変はダイニングで起きた
何者かが、ドス、ドス、と床を踏み抜かんばかりの派手な足音をたてて闊歩している
せいぜい八畳程の部屋を、それと分かるように、だ
再び、固まる4人
足音が炒飯のもので無い事は、全員が暗に理解していたと思う
目で見て確かめなくたって解る
威圧的な何か
その時は解らなかったけど(半分パニックだったからな)今になって思う
どこか、悲しい感覚
まるで、怒り方を知らない子供が、周囲に自分の感情の激しさをアピールする為に、わざと大きな、雑な音を立てるような
あの感じに似ていた
やり場の無い感情が、床を踏み抜く度に弾ける
その音の正体は、何という名の感情だったのか?
今となっては知る術は無い
その場に居た、誰もその意味を知らなかったし
何よりもまず、恐れていた
躊躇う手をドアノブにかけて
自分だけがわかる二拍をおいた後、一息で開け放った
居ない
誰も居ない
勢い良く覗き込んだダイニングは、もぬけの殻だった
しんと静まり返っている
冷蔵庫の放熱ファンの羽音が、ちょっとした嫌味に聞こえるくらいだ
蛍光灯のあっけらかんとした明るさには、毒があると思う
異様に、乱暴に明るく、黄色く感じたりしないか?
俺は、あの、影の中まで照らすような白黄の光が、子供の頃から苦手だった
頭の中の『わかった振りしている事』ボックスが、都合の悪いものたちがチラつく
一瞬、気をとられてしまったら、戻ってくるのに時間がかかる
アレは思考の墓場に作用する、ドス黄色い毒だ
あの時もそうだった
一瞬、事態を見失う
まばたきが多くなる
数秒後
半ば無理やりに揺り起こした頭が認めたのは、ダイニングの些細な変化
今まで居た部屋から、ダイニングを挟んで真向かいのアツシの部屋のドアが、綺麗に閉まっていた事くらい
本人が部屋に居なければ、いつも開けっ放しのはずだ
アツシの部屋の前に立ち、振り返ると、隆三が立っていた
小さく息を吐き出してドアに手を掛けた
creep番外編『包丁の怪』
続く
次なる異変はダイニングで起きた
何者かが、ドス、ドス、と床を踏み抜かんばかりの派手な足音をたてて闊歩している
せいぜい八畳程の部屋を、それと分かるように、だ
再び、固まる4人
足音が炒飯のもので無い事は、全員が暗に理解していたと思う
目で見て確かめなくたって解る
威圧的な何か
その時は解らなかったけど(半分パニックだったからな)今になって思う
どこか、悲しい感覚
まるで、怒り方を知らない子供が、周囲に自分の感情の激しさをアピールする為に、わざと大きな、雑な音を立てるような
あの感じに似ていた
やり場の無い感情が、床を踏み抜く度に弾ける
その音の正体は、何という名の感情だったのか?
今となっては知る術は無い
その場に居た、誰もその意味を知らなかったし
何よりもまず、恐れていた
躊躇う手をドアノブにかけて
自分だけがわかる二拍をおいた後、一息で開け放った
居ない
誰も居ない
勢い良く覗き込んだダイニングは、もぬけの殻だった
しんと静まり返っている
冷蔵庫の放熱ファンの羽音が、ちょっとした嫌味に聞こえるくらいだ
蛍光灯のあっけらかんとした明るさには、毒があると思う
異様に、乱暴に明るく、黄色く感じたりしないか?
俺は、あの、影の中まで照らすような白黄の光が、子供の頃から苦手だった
頭の中の『わかった振りしている事』ボックスが、都合の悪いものたちがチラつく
一瞬、気をとられてしまったら、戻ってくるのに時間がかかる
アレは思考の墓場に作用する、ドス黄色い毒だ
あの時もそうだった
一瞬、事態を見失う
まばたきが多くなる
数秒後
半ば無理やりに揺り起こした頭が認めたのは、ダイニングの些細な変化
今まで居た部屋から、ダイニングを挟んで真向かいのアツシの部屋のドアが、綺麗に閉まっていた事くらい
本人が部屋に居なければ、いつも開けっ放しのはずだ
アツシの部屋の前に立ち、振り返ると、隆三が立っていた
小さく息を吐き出してドアに手を掛けた
creep番外編『包丁の怪』
続く
creep番外編『包丁の怪』⑨
■■■■■■■■■
『わかった、調べてみる』
ありがとう、頼む、と返そうとしたところで
ぷつり、乱暴に途切れた氷の電波
感謝の言葉、なんて腹の足しにもならないものには無関心らしい
俺は大好物なんだけどな
一時は緊迫したムードに飲まれ気味だったメンバーも、当の目的、ライブビデオ鑑賞反省会が始まってしまえば、包丁の事なんて何処吹く風
喉元過ぎればなんとやら、だ
少なくとも、ビデオが再生されてた間はね
ビデオデッキのカウンターが、マイナスからゼロへ、ゼロからプラスへ移ろってほんの少しで、画面は青一色になった
30分そこそこの映像なんて、集中して、画面と睨めっこになってしまえば『あっ』と言う間だ
各々が、それぞれの言葉でその日のライブについての意見を交わす
んー、よし、やれやれ、まぁ何とかなりそうだな、と一息きかけたところで
それは起こった
バタン
派手な音を立てて玄関のドアが閉まる音
その時、俺が意識したのは炒飯
いや、俺だけじゃなくみんなそうだったはずだ
ネットに上げるライブのレポートを終えて駆け付けたんだろうと、ごく自然に思ってた
ーそれにしちゃ随分時間がかかる
炒飯がダイニングに入ってくる気配がない
ファミリータイプのマンションで、ダイニングキッチンを中心に据えた各部屋が囲むような作りだ
どの部屋だって玄関から10秒もかからない
それは玄関から一番遠い、つまり、一番奥に位置するマサルの部屋だって同じだ
あまりにも静かなのが気になって、ダイニングを覗こうと腰を上げたところで、聞き慣れた雑音に気付いた
…
…?
…誰か、手を洗ってる?
ちょうどマサルの部屋の真裏辺りからその音は響いていた
今朝、俺が髪を乾かした洗面台で、誰かが水を流しているらしかった
それも、かなりの勢いで、だ
壁一枚隔てた洗面台で、勢い良く流れ続ける水
ゴポゴポと苦しそうな音を立てて排水管の中をもがき、流れてゆく
目にうつらないってだけで、こうも不気味なものなのか
頭の中でとぐろを巻く闇
俺は自分で思ってるよりも、ずっと臆病なのかもしれないな
creep番外編『包丁の怪』
続く
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sent from W-ZERO3
『わかった、調べてみる』
ありがとう、頼む、と返そうとしたところで
ぷつり、乱暴に途切れた氷の電波
感謝の言葉、なんて腹の足しにもならないものには無関心らしい
俺は大好物なんだけどな
一時は緊迫したムードに飲まれ気味だったメンバーも、当の目的、ライブビデオ鑑賞反省会が始まってしまえば、包丁の事なんて何処吹く風
喉元過ぎればなんとやら、だ
少なくとも、ビデオが再生されてた間はね
ビデオデッキのカウンターが、マイナスからゼロへ、ゼロからプラスへ移ろってほんの少しで、画面は青一色になった
30分そこそこの映像なんて、集中して、画面と睨めっこになってしまえば『あっ』と言う間だ
各々が、それぞれの言葉でその日のライブについての意見を交わす
んー、よし、やれやれ、まぁ何とかなりそうだな、と一息きかけたところで
それは起こった
バタン
派手な音を立てて玄関のドアが閉まる音
その時、俺が意識したのは炒飯
いや、俺だけじゃなくみんなそうだったはずだ
ネットに上げるライブのレポートを終えて駆け付けたんだろうと、ごく自然に思ってた
ーそれにしちゃ随分時間がかかる
炒飯がダイニングに入ってくる気配がない
ファミリータイプのマンションで、ダイニングキッチンを中心に据えた各部屋が囲むような作りだ
どの部屋だって玄関から10秒もかからない
それは玄関から一番遠い、つまり、一番奥に位置するマサルの部屋だって同じだ
あまりにも静かなのが気になって、ダイニングを覗こうと腰を上げたところで、聞き慣れた雑音に気付いた
…
…?
…誰か、手を洗ってる?
ちょうどマサルの部屋の真裏辺りからその音は響いていた
今朝、俺が髪を乾かした洗面台で、誰かが水を流しているらしかった
それも、かなりの勢いで、だ
壁一枚隔てた洗面台で、勢い良く流れ続ける水
ゴポゴポと苦しそうな音を立てて排水管の中をもがき、流れてゆく
目にうつらないってだけで、こうも不気味なものなのか
頭の中でとぐろを巻く闇
俺は自分で思ってるよりも、ずっと臆病なのかもしれないな
creep番外編『包丁の怪』
続く
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creep番外編『包丁の怪』⑧
■■■■■■■■
姉妹や幼なじみ達と離れたんだから、当然、不思議な事から縁遠くなる…
はずだったんだけど
結論から書くとそうじゃない
奴らの居る鳥取から遠く離れた関東に居ても、得体の知れないものを見たり、不思議な事件は止まなかったからだ
よくよく思い出してみれば、まだ奴らと頻繁に会っていた頃だって、一人で居る時にそういう体験をした事は、割合で言えば決して少なくはなかった気がした
要するに
いつの間にか、そういうものを見たり感じたり出来るようになってしまっていた、のか?
うわぁ…書いてしまった
実に胡散臭い
然し、まあこの『包丁の怪』を語る上で、避けては通れない部分だから、誤解を恐れずに
書く
ちなみに
姉妹に遺憾の意を伝えたら
『あ、うつった感じ?ごめーん』
と、軽ーい返事
いいのか?
そんな風邪みたいなノリで?
まあ、良いや
話を進めよう
さて…
驚くべきは、この胡散臭い現象…
何と!ジレンマのメンバーにも伝染したりした
色濃く影響を受けたのはギターの隆三
一時期、同じ職場でバイトしてたんだけど、まぁよくわからないものを2人して目撃している
それも一度や二度じゃきかない
また長くなってしまうからそのエピソードについては詳しく書かないけど
要するにジレンマのメンバーは、その手の話には慣れっこなのだ
とは言え、実際に何かあった場合、特別に対処出来るわけではないし…
うーん、やっぱりただのオカルト好きなのか?
まあ、姉妹の存在と『包丁の怪』以前の小さな事件も影響して
『合い鍵を持った外部からの侵入者』より
『人間以外の何か』の方が
ジレンマにとっては、咄嗟の考えにしても説得力があった、って事
やっと本編と繋がった!
まあ、今、同じ事が起きたなら
疑うのはほぼ間違いなく『外部からの侵入者』説だろう
何故って、キレイさっぱり見えなくなってしまったからだ
もう、影もカタチも
特別じゃなくなった気がして、ちょっとだけ淋しい気もしたけど、これが普通だし、正直、得体の知れない連中に引っ掻き回される毎日はもう沢山だ
さて…
そんな状況下(creep番外編『包丁の怪』⑤以前参照)にあって、俺がとった行動は一つ
長い呼び出しコールの後
耳にあてがったケータイから聞こえてきたのは
氷のように冷たい女王の不機嫌な声
関東の冬なんて可愛いもんだ
あと10分も奴の相手をした後なら
冬の寒さなんて、コート無しでだって過ごせるだろう
creep番外編『包丁の怪』
続く
姉妹や幼なじみ達と離れたんだから、当然、不思議な事から縁遠くなる…
はずだったんだけど
結論から書くとそうじゃない
奴らの居る鳥取から遠く離れた関東に居ても、得体の知れないものを見たり、不思議な事件は止まなかったからだ
よくよく思い出してみれば、まだ奴らと頻繁に会っていた頃だって、一人で居る時にそういう体験をした事は、割合で言えば決して少なくはなかった気がした
要するに
いつの間にか、そういうものを見たり感じたり出来るようになってしまっていた、のか?
うわぁ…書いてしまった
実に胡散臭い
然し、まあこの『包丁の怪』を語る上で、避けては通れない部分だから、誤解を恐れずに
書く
ちなみに
姉妹に遺憾の意を伝えたら
『あ、うつった感じ?ごめーん』
と、軽ーい返事
いいのか?
そんな風邪みたいなノリで?
まあ、良いや
話を進めよう
さて…
驚くべきは、この胡散臭い現象…
何と!ジレンマのメンバーにも伝染したりした
色濃く影響を受けたのはギターの隆三
一時期、同じ職場でバイトしてたんだけど、まぁよくわからないものを2人して目撃している
それも一度や二度じゃきかない
また長くなってしまうからそのエピソードについては詳しく書かないけど
要するにジレンマのメンバーは、その手の話には慣れっこなのだ
とは言え、実際に何かあった場合、特別に対処出来るわけではないし…
うーん、やっぱりただのオカルト好きなのか?
まあ、姉妹の存在と『包丁の怪』以前の小さな事件も影響して
『合い鍵を持った外部からの侵入者』より
『人間以外の何か』の方が
ジレンマにとっては、咄嗟の考えにしても説得力があった、って事
やっと本編と繋がった!
まあ、今、同じ事が起きたなら
疑うのはほぼ間違いなく『外部からの侵入者』説だろう
何故って、キレイさっぱり見えなくなってしまったからだ
もう、影もカタチも
特別じゃなくなった気がして、ちょっとだけ淋しい気もしたけど、これが普通だし、正直、得体の知れない連中に引っ掻き回される毎日はもう沢山だ
さて…
そんな状況下(creep番外編『包丁の怪』⑤以前参照)にあって、俺がとった行動は一つ
長い呼び出しコールの後
耳にあてがったケータイから聞こえてきたのは
氷のように冷たい女王の不機嫌な声
関東の冬なんて可愛いもんだ
あと10分も奴の相手をした後なら
冬の寒さなんて、コート無しでだって過ごせるだろう
creep番外編『包丁の怪』
続く
creep番外編『包丁の怪』⑦
■■■■■■■
不思議な事がぽつぽつ起きて、それが姉妹に関係していると知って、気味悪がった連中は姉妹から離れていった
当の姉妹はと言うと、そんな事は何処吹く風と言った様子
同情したがりな連中は、氷の女王とは言え、本当のところ、少し落ち込んでいるんじゃあないか?とあれこれ気にはかけていたみたい
でも、そんな素振りは勿論、奴らは周りの甘ったるい気遣いを疎がっているようにすら見えた
おそらく、それは姉妹にとって、ずっと続いてきた、繰り返されてきた日常なんだと思う
正確には、不思議な現象の原因は姉妹にあるんじゃあない
その家柄だ
奴らの婆ちゃんは何だか高名な祈祷師(霊媒師?)で、悪いものを祓ったり、相談を受けたり、そういう力で生業を立てている人だと知った
正直、当時の俺には胡散臭さすぎたけど、訳知り顔で『あぁ、そう』と流した
すぐに底が知れるとわかっていても、器のデカい振りをしたがるのは、俺みたいな小者の常だ
遺伝がどうとか、俺にはよくわからないけど、姉妹は婆ちゃんの力をきっちり受け継いでるらしかった
他人には見えない何かが見えて、それと真っ向から向き合うって事は、大人になる過程で、奴らをどのくらい苦しめたんだろうか?
やっぱり俺なんかには想像も出来なかったけど、足元がくらくらするくらいアルコールを流し込んで、皆で馬鹿みたいに笑った後
寝呆け顔の朝陽を背に、大人になった女王(姉)は台詞でもなぞるように言った
『あぁ、世界はかくも美しい朝だ』
『最早、生きる事に迷いは無い』
まるで三文芝居だな、と俺は笑った
案の定、遥か西の国のキザったらしい哲学者の言葉らしい
こういう事を、純粋真顔で言えてしまえる奴なのだ
俺なんかが吹いてみたところで、周りをむずがゆい気持ちにさせるのがオチだろう
奴らはそれを、極自然に、さらりとやってのける
何がこんなにも、同じ人間を違わせてしまっているのか?
俺は酒で溶けかかってる脳みそを震わせて、女王の言葉を繰り返した
言葉は頭の中じゃなくて、人と人の間で生きているものだ
暗くて狭い俺の頭ん中じゃ、実家から送られてきた梨よろしく腐らせて終いだろうな
やがて俺は上京する事になり、姉妹や幼なじみ連中とも散り散りになり、もう昔のようには居られなくなった
当然、姉妹と関わる回数が減ったのだから、怪現象は減っていった
はずだった
creep番外編『包丁の怪』
続く
不思議な事がぽつぽつ起きて、それが姉妹に関係していると知って、気味悪がった連中は姉妹から離れていった
当の姉妹はと言うと、そんな事は何処吹く風と言った様子
同情したがりな連中は、氷の女王とは言え、本当のところ、少し落ち込んでいるんじゃあないか?とあれこれ気にはかけていたみたい
でも、そんな素振りは勿論、奴らは周りの甘ったるい気遣いを疎がっているようにすら見えた
おそらく、それは姉妹にとって、ずっと続いてきた、繰り返されてきた日常なんだと思う
正確には、不思議な現象の原因は姉妹にあるんじゃあない
その家柄だ
奴らの婆ちゃんは何だか高名な祈祷師(霊媒師?)で、悪いものを祓ったり、相談を受けたり、そういう力で生業を立てている人だと知った
正直、当時の俺には胡散臭さすぎたけど、訳知り顔で『あぁ、そう』と流した
すぐに底が知れるとわかっていても、器のデカい振りをしたがるのは、俺みたいな小者の常だ
遺伝がどうとか、俺にはよくわからないけど、姉妹は婆ちゃんの力をきっちり受け継いでるらしかった
他人には見えない何かが見えて、それと真っ向から向き合うって事は、大人になる過程で、奴らをどのくらい苦しめたんだろうか?
やっぱり俺なんかには想像も出来なかったけど、足元がくらくらするくらいアルコールを流し込んで、皆で馬鹿みたいに笑った後
寝呆け顔の朝陽を背に、大人になった女王(姉)は台詞でもなぞるように言った
『あぁ、世界はかくも美しい朝だ』
『最早、生きる事に迷いは無い』
まるで三文芝居だな、と俺は笑った
案の定、遥か西の国のキザったらしい哲学者の言葉らしい
こういう事を、純粋真顔で言えてしまえる奴なのだ
俺なんかが吹いてみたところで、周りをむずがゆい気持ちにさせるのがオチだろう
奴らはそれを、極自然に、さらりとやってのける
何がこんなにも、同じ人間を違わせてしまっているのか?
俺は酒で溶けかかってる脳みそを震わせて、女王の言葉を繰り返した
言葉は頭の中じゃなくて、人と人の間で生きているものだ
暗くて狭い俺の頭ん中じゃ、実家から送られてきた梨よろしく腐らせて終いだろうな
やがて俺は上京する事になり、姉妹や幼なじみ連中とも散り散りになり、もう昔のようには居られなくなった
当然、姉妹と関わる回数が減ったのだから、怪現象は減っていった
はずだった
creep番外編『包丁の怪』
続く
creep番外編『包丁の怪』⑥
■■■■■■
さて
『人間ではない犯人』を意識し始めた俺達
頭の中身はどうであれ、いい歳した大人が4人集まって転ぶ話の方向じゃあない
勿論、それにはそれなりの理由というか、背景がある
俺のガキの頃からの知り合いに双子の姉妹がいる
2人とも雪みたいに真っ白で、どう悪く言ったってとびきりの美人だ
そんなことは少しも鼻にかけない上、姉は物静かで、妹は底抜けに明るかった
正反対な二人は文字通り『馬鹿みたい』にモテた
然し、綺麗な花にはなんとやらとはよく言ったもんだ
奴らも例外じゃあない
その笑顔に魅入ってしまったら最期
火傷じゃ済まない
全身凍傷くらいは覚悟した方が良い
とにかくロクな目には合えないだろう
奴らの言葉には、全てを凍てつかせる冬の厳しさがある
さしずめ氷の女王ってところか
ボロ雑巾みたいにあしらわれたとびきりの男前を、俺は何人も知ってる
奴らが欲しがってるのは金や、男前じゃあない事に誰も気付けなかったからだ
三年前、関東へ越す日の前日
俺は偶然、その正体を知る事になる
残念ながら、それが何なのかについては俺と奴らだけの秘密だ
番外編を書き続けてゆく中でもこの『秘密』については明かせそうにない
危うく口を滑らせたら、命が危ない
あえて書くなら、誰でも持っているもの、だ
ヒントにもならないな
誰もが持ってるものなら、それはつまり、これを読んでくれてるアンタだって例外じゃないって事だ
もし奴らと『お近づき』になりたいなら、頑張ってみるのもいいかもしれない
チャンスはゼロじゃない
随分と脱線したな
話を戻そう
別に姉妹がいかに悪名高い美人かって事を書きたかったわけじゃない
チビの頃は頻繁に遊んでたと思う
中学に上がったあたりから遊んだりしなくなって、高校卒業手前まで、偶然会ったら当たり障り無い会話を冗談混じりに交わすくらいの
仲が続いてたのが
なんとなく酒飲むようになって
幼なじみってのも手伝って
深いとこまで話すくらいの仲になった
その頃からだ
俺や幼なじみ連中の一部の周りで不思議な事が起こり始めたのは
突然何かが弾けるような音がしたり、物が勝手に動いたりっていう例のアレだ
原因が姉妹にある事を知った時、周囲の反応はおおまかに3種類だった
気にしない、もしくは興味を示す奴と
気味悪がって離れてった奴と
姉妹を密かに妬んでた、売れ残ったミカンみたいな女達の嫌がらせ、だ
逆恨みも甚だしい、が、残念ながらそんな連中は何時、何処にでもいる
誰かのせいにしなきゃ自分を肯定できない悲しい人達なのだ
箱の中のミカンと同じ
一つが腐り始めたら、皆、腐る
まあ、腐ったミカンは売れてったミカンの事なんて恨まないだろうけどな
また長くなってきたから、今回はここまで
頑張って書かなきゃー
creep番外編『包丁の怪』⑥
続く
creep番外編『包丁の怪』⑤
■■■■■
ゴミ箱の上の包丁
ダイニングの安蛍光灯を、鈍く、凶暴に反射して、その場に居た誰もが自由を奪われた
誰かの息を飲む音が聞こえてきそうだ
一瞬の沈黙
マサルの部屋から流れてくる深夜番組の間抜けな笑い声が、全く無関心に、するすると俺達の間を抜けてゆく
俺は頭をフルに回転させて、状況の整理に必死だった
残念ながら冷静だったわけじゃない
そうでもしなきゃ何が何だかわからなくなり始めてたからだ
恐らく、ほぼ全員が無意識にその作業をしてたんじゃないかと思う
●朝、包丁はラックにあった
●家中の鍵をかけた
●テーブルは勿論、ゴミ箱の上にも包丁は無かった
●家を出たのは俺、アツシ、マサルの3人がほぼ同時だった
●最後の施錠(玄関)に関しては3人の目の前で行われた
つまり、上記の内容に関して3人(隆三以外の、俺を含む3人)が揃って偽証でもしていない限り、導き出せる答えは
①犯人は外部の人間ではない
②犯人はメンバーの誰かではない(隆三は100%白)
③3人以外に想定外の人間が家の中に潜んでいた(いる)可能性
となるわけだけど…
③はまず有り得ないだろう
もし③が正解なら、何日も前から忍び潜んでいる事になる
それは考えにくい
うーん
余計混乱してしまった
メンバーでも、外の誰かでもないとなると、一体何処の誰の仕業なのか?
とりあえずは皆、マサルの部屋に戻り、あーでもないこーでもないと議論する
当然、迷走する
言わば、①と②は反目し合って成り立つ答えだ
①が正しいならば②は有り得ない
その逆も然り
何ら難しい事じゃあない
当たり前の答えだ
自分と、他人
一人称と、それ以外で関係は成り立っている
んだから
要するに
犯人て、人間じゃないんじゃないか?となった
いや、ホント大真面目に
答え的には③に近いと言えるのかなぁ
文章にしてみると、実に釈然としないけど、状況的には、自分以外を疑う余地も、はっきり信じられるような確証もほとんどない
あるのは矛盾しあう答えしか産めない事実だけだ
ただ、あくまで、矛盾しあうのは俺達が常識的な見方で事件に接しているから
それが常識外…つまり『超常』から生まれた現象なら、話は別だ
家中の鍵閉めたところで狙ったような効果は得られない…気がする
最初、ゴミ箱の上に包丁を見つけた時、俺達が凍りついたのは、とっさに外部からの侵入者を意識したからだ
メンバーが揃って帰宅した状況下では無理もない
次の瞬間には、状況的に外部からの侵入も難しい事に気付く
ここで事件はあべこべになった
ヒトではない犯人を意識し始めた時、また俺達の間に疑念含みの緊張感が漂い始めた
今思えば『合い鍵を持っている誰か』なんて犯人像も浮かんでくるけど、合い鍵持ってる奴なんて大家以外に心当たりなかった
つまり、持ってる奴なんてストーカーの類以外の何者でも無いんだけど、言わば『ヒトではない犯人説』と同じく想定外
オカルト大好きジレンマからしてみりゃ同じ想定外でも
『合い鍵を持ったストーカー』より
『ヒトではない犯人』の方が断然現実味があった(笑)
まあ、正確に書くとオカルト馬鹿なだけがそう思わせる理由では無かったんだけど、そこは長くなったからまた次回に書くよ
creep番外編『包丁の怪』⑤
続く
creep番外編『包丁の怪』④
■■■■
ライブ当日の朝
ちょっと熱めのシャワーを浴びて、重いまぶたをこすりながら歯を磨く
鏡に映るのはいつも見慣れてる、薄い、冴えない顔、くしゃくしゃの黒髪
鼻で笑って口をゆすぐ
洗面台の壁一枚隔てた向こうの部屋で、アツシとマサルがバタバタやってる
何事か?とドライヤー片手に覗いてみると、家中の戸締まりをしているらしかった
外出するのに戸締まりなら当たり前、特筆すべき事ではないように思えるけど、当時、我が家は無施錠だった
押し入られて盗られるほど魅力的な物が無かったのも確かだけど、一番大きな理由は故郷にあると思う
鳥取の中でも田舎の方じゃ(市街も充分田舎だけど)無施錠の家が多かった
今でこそ少ないだろうけど、家に誰か居れば夜中は勿論、誰も居なくたって鍵をかけない
なんて事も普通だった
そんな環境で育ったもんだから、外部からの侵入者なんて存在には果てしなくノーガード
危機感はゼロに近い
だが、俺が今回の包丁騒ぎをメンバー内の誰かの犯行だと決め付けていたのが、よっぽど納得いかないみたいだ
包丁が然るべき場所にある事を確認した上で、家中を完全施錠してから出掛けると言う
まあ、外部の人間の犯行の可能性も有り得なくはない
俺は鼻で笑ってたけど、マサル達は大真面目だった
ライブを終えて帰宅した頃には日付が変わってた
高揚感からか、皆、包丁の事なんてすっかり忘れてる
感覚を忘れない内にライブビデオのチェックをする為に、炒飯以外のメンバーは我が家へ集合する事になった
玄関のドアに手を掛けたところで、やっと思い出した『包丁』
いやいや、あるわけねーだろ、と括って、それでも恐る恐るダイニングを覗く
無い
溜め息をついて、背中が力んでいた事に気付く
テーブルの上は綺麗なもんだった
そうだ、あるわけが無い
どうせメンバーの誰かがうっかり忘れてるだけなんだから
じゃなきゃ、包丁がダイニングテーブルにひとりでに転がるわけない
やれやれ一件落着か、とマサルの部屋に入って各々楽な体勢に転がろうとした、まさにその時
一人、遅れて帰ってきた部屋の主、マサルが
入り口で固まっている
『あ、包丁…』
耳を疑った
そんなはずは無い
ダイニングテーブルの上には何も無かったし、朝出掛ける前には開き戸のラックに包丁を確認済みだ
口より速く身体が動いて、マサルの視線の先を盗む
そこには、鈍く光る包丁が一本
ただし、ダイニングテーブルじゃあなくて、ダイニングの隅
マサルの部屋の壁に沿うように置かれた蓋付きのゴミ箱の上だった
creep番外編『包丁の怪』
続く
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