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creep番外編『包丁の怪』③

THE DILEMMA OF HEDGEHOG Keisukeオフィシャルブログ「creep」
■■■

翌朝も包丁はそこにあった
そこ、はつまりダイニングテーブル
あからさまな舌打ちをした後で苛立つ気持ちが込み上げてくる
俺は元来、整理整頓なんて気にかける人間じゃあない
片付けに関してなら全くの素人だ
だが、誰にでもあるような刹那的な整理整頓ブームが年に数回到来する
その波が来たら、クローゼットをひっくり返して、部屋の模様替えにまで手を着けなきゃおさまらない難儀なブームだ
あらゆる思い出の品はゴミと同義になる
まあ、でもせいぜいその程度
つまり、普段ならちょっとくらい汚れてたって気にも留めないって事
だけど、コレ読んでくれてるあんただって、包丁がダイニングテーブルの上に2日間続けて放ってあったら、容疑者に抗議するか、そうじゃなくてもどうにかするだろう?
俺の場合は前者
その日の内にメンバーに注意するつもりで包丁の件を話したが、反応は意外なものだった

誰も心当たりが無いと言う
誰もとぼけている具合じゃない
最有力容疑者候補の隆三(やりっ放しの隆三の異名を持つ)でさえそれは同じだった
じゃあ何か?誰かが外から勝手にやってきて
包丁投げてったって言うのか?

結局、犯人はわからなかったし、どうせメンバーの誰かだろうと決めつけつつも、俺は満足してた
とにかく釘は刺せたわけだ
もう包丁はダイニングテーブルには転がらないだろう


そして、ライブの日
くたびれた身体と淡い充実感を引き摺って帰った我が家で、包丁はしっかりと転がってた
確かにダイニングテーブルの上では無かったけど

その時になって、俺はやっと、薄気味の悪さみたいなものを感じめてた

そして
悪い予感ってのは当たるもんだ

事件はブッ飛んだ方向(?)に転がり始める


creep番外編『包丁の怪』
続く

creep番外編『包丁の怪』②

THE DILEMMA OF HEDGEHOG Keisukeオフィシャルブログ「creep」
■■

ライブまで四日を切った土曜の夜
銃林弾雨のごとく飛び交うオーダーをくぐり抜けた果てに見る、朝陽
それだけで少し生き返る気がした
貧乏暇なし

さぁ、寝るぞ、という意味の深呼吸をして
あぁ、少し小腹がすいた、と気付く
ベッドから数えて、2枚の扉をするりと抜けた先のダイニングキッチンで冷蔵庫を物色する
獲物は梨に決めた
ジレンマには鳥取県出身のメンバーが多い
鳥取県の名産と言えば『梨』だ
多分、鳥取県出身の学生や社会人だったりする若い奴らならわかるだろう
一度は経験があるはずだ
旬の季節になると実家から思い出したように送ってもらって、最初はありがたくて毎日だって食べる
それがそのうち手もつけなくなり、終いには腐らせてしまう
段ボールで丸々一箱なんて、とても食べきれやしない
腐らせなくても、ほとんどは他の誰かの胃袋に収まってしまう
我が家も例外なくそんな状況下にあったが、まだまだ初期段階
一年ぶりの、みずみずしくも芳醇な果肉に舌鼓を打ち、誰かが使い古したような言葉で賞賛するのだ

我が家に果物ナイフは無い
一品100円で何でも揃うという魔法の店で買った、これまた何にでも使えるといる魔法の万能包丁で代用している
ただ、いくら魔法の店で買ったって、一品100円では目の覚めるような切れ味の悪さだった

そいつで梨の皮を剥こうと、開き戸に手を伸ばす
しかし、備え付けのラックに、魔法の包丁は見当たらなかった
首をかしげて振り返り、意外な場所に発見してしまう
ダイニングテーブルの中央で、雑に光を反射していた
メンバーの誰かが使ったまま片付けなかったのだろう
思わず肩で溜め息をつく
包丁くらい、使ったら元あった場所に戻せないものだろうか?
口の中で多角形の言葉を転がしながら、梨の皮を剥く
水で濯いでラックへ
一口かじった後で、梨を食べたい気持ちは何処かへ消え失せてしまった事に気付いた


creep番外編『包丁の怪』
続く

creep番外編『包丁の怪』

THE DILEMMA OF HEDGEHOG Keisukeオフィシャルブログ「creep」
蒸し風呂みたいな街に橙の差し色が入る頃
ぽつり、ぽつりとアスファルトに染みる黒
あっと言う間にバケツをひっくり返したような勢いになって、幅広の丈夫な傘でも持ってなきゃ、3分もしないうちにあんたはズブ濡れになるだろう
空は壊れた蛍光灯みたいに明滅を繰り返して、まるで世界の終わりみたいな様相だ

突然降り出して、いつの間にか止んでしまうもんだから『ゲリラ豪雨』なんてけったいな名前がついたくらい
今年、関東の夏はそいつに徹底的にやられた
特に8月中旬から終わりにかけては酷いゲリラっぷりで、一度降り始めてしまったら、街には小さな川がいくつも流れた
雨が降らず、生活用水が不足して、水力発電用の水まで代用し始めた地方もあるっていうのに、だ
ヒートアイランド現象の外煽りらしいけど、一体この国の空はどうなってしまうのか
なんて
環境問題に疎い俺だって心配になる

突然やってきて、いつの間にか消えてしまうのは、何も『ゲリラ豪雨』だけじゃあない
今回は夏らしく、ちょっと背筋の寒くなる話を書くつもりだから、その手の話に抵抗がある人は飛ばして読んでくれ

ジレンマ関係者の中では有名で、知る人ぞ知る…
とは言え、俺らにドラマチックな何があるわけもなく、筋書きとしては粗悪なドラマ
現場に居合わせたメンバー全員が凍りついた、安物の包丁を巡るドタバタ劇だ

今になって思うと、ちょっとだけ切ない話なのかもしれない



当時、新宿でのライブを一週間後に控えて、ジレンマは毎日のようにスタジオに入ってた
本番さながらに演奏して、跳んで、何度も確かめる感覚
ハードな練習と仕事を繰り返してると、身体がくたびれて重く感じ始めるのと同時に、俺の場合、少しずつ研ぎ澄まされてゆくような気もしてた
野性がみなぎる感じ
自分の過ごし易いように冷やした部屋で、ジャンクフードにドレッシングたっぷりのサラダばかり食ってる俺に、そんなものがひとかけらでも残ってたのかと、内心驚く
指の先まで神経が行き届いてるのを実感する感じ

狼みたいに、両手でがっついて生肉をバリバリ食いたい気分だ

でもきっと俺の軟弱な胃は耐えられないだろうな


creep番外編『包丁の怪』
続く

creep番外編『彼の名は』

THE DILEMMA OF HEDGEHOG Keisukeオフィシャルブログ「creep」
完結から早五ヶ月
(2007年5月掲載)

番外編を書きますよ
なんて吹いておいて完全に何処吹く風だったので、皆が忘れない内に少しずつでも書いてくよ

そうだなぁ
エピソード毎に書いてって最終的には⑤話くらいには収めたいな

さて
記念すべき第①話は…
奴について語らなきゃ始まらないな

遡る事一年と半年と二月前
ひょんな事からジレンマに関わる事になった男の話

『彼の名は』

ではでは
本編をどうぞ

◆◆◆
茹だるような暑さは過ぎて
虫達の歌が次第に高く、細く響き始めた夏の終わりのある夜
バイト先に顔を出したら、店長に呼ばれた
何でしょ?と尋ねたところ、店の常連の<アジア系女性(42歳・既婚)を勤務中にナンパした、という容疑が俺にかかっているんだそうな

笑えた
ので
『いや、俺そんなに女に困ってないっすから』
ってふざけたら、ふざけるなと怒鳴られた
ごもっともです、ハィ
俺には品が無いんだそうだ

辞める事は決まっていたが、予定より二日早い退社
事実上のクビ
冤罪は証明出来きず
出来た処でクレームが来てんのは事実
『信じてる』って…疑ってんの?店長

高くなったのは何も虫達の歌だけじゃない
空だって高くなった
ガソリンも高騰
反対に俺の歌はキーを下げて低く、太くなった

その二日後に、前職場から道を挟んで真向かいの某飲食店で、当て付けみたいにバイトを始めた
当然、知った顔が多い
何故なら真向かいで働いてましたからね、ハィ
新しい職場のBoss(店長)は俺と同い年、タメ
老いぼれ眼鏡とヒトの良いおばちゃんが古株
あとはどっこいどっこい
何かいっぱい居たけど書くのめんどいや

んで基本的な事をBossに教わった後、ドラゴンボールに出てきたリクーム(ギニュー特戦隊所属)みたいな髪型のデカブツ(以下リクーム)に預けられた

補足◆リクームみたいな髪型ってのは要するにパイナップルみたいな感じね

んで、リクームってば縦にも横にもデカいし、何か目つき悪いし(俺も他人の事言えませんが)髪型がリクームみたいだし、とりあえず何か恐ぇし
吉田コンピュータ
『敬語使っとけ。ケガすんぞ』ってジャッジ下したんで使わせていただきました
でも結局すぐにタメ口になってた気がする
俺には常識も無いみたい

リクームは教え上手
俺はどんどん仕事覚えてった
同じくして、どんどん仲良くなってったリクームと俺
リクームを初めて見た時から思ってた事があった
ある日の仕事中、ふいに視界に捉えたリクームを見て同じ事を考えていたら、閃いてしまった
ので、閃きついでに口に出してみた

『お前、炒飯作るの上手そうだな?』
『今日から炒飯て呼ぶわ』

と、そんな理由で彼を炒飯と名付けたのよ
コレ読んでくれてる皆様にはもう説明不要かな

そう
我々『THE DILEMMA OF HEDGEHOG』の特攻隊長(隊員は一名のみ)こと、炒飯です

いやぁー…やっと繋がった
長かった…
あ、でもね
炒飯がジレンマと関わるのは、この時点ではまだ少し先の話

そこにも触れておかなきゃね

炒飯はずっと
『俺には夢が無い』
ってぼやいてて
『何かに一生懸命になってる奴らが羨ましい』とも言ってた

時を同じくして、ジレンマはスタッフを探してて
やりたい事、活動の幅が広がってゆくに従って、純粋に音楽だけに集中していられなくなっていたのもあって、当時は『雑務全般』こなしてくれる人間を欲しがってた
とは言え、やっぱりバンド活動への理解が最低条件
チップは人生
そんな奴いるのかよ、なんて半ば投げながらも
どっかに良い奴いねーかな、なんて悩んでる最中に炒飯のぼやきが頭に浮かんだ

そうだ
炒飯がいた

正直、賭けだった
当時、諸事情あって炒飯は身軽じゃなかったし、何より
『Rock?…キャロルとか?』
という発言が非常に気に掛かかるところだった
いや、まぁ何も間違ってないっちゃそうなんだけど、色んな意味で間違ってそうな気がした

とにかく
炒飯をLiveに誘ってみた
意外にも即答OK
先ずはジレンマの音楽に触れてもらわなきゃ始まらない
メンバーとの顔合わせも済ませて、向かったのは『渋谷屋根裏』

2006年2月の事だった

ライブが終わってから炒飯に正式にスタッフのオファーをした

正直、あまり好感触だったとは思えない
冷静に考えてみりゃ、メンバーと出会ってそこそこ、Rock自体にほとんど面識の無い人間だ
俺とは友人だけどバンドなんて別問題
スタッフなんて何すりゃ良いのか想像もつかない
ほぼ0からのスタート
考えれば考えるほど不安になるはずだ

普通ならその時点で『無理』って終わりそうなものだけど、炒飯は時々Liveに顔を出しては手伝ってくれるようになった

そんな事が何度か続いたある日、仕事上がりに炒飯と酒を飲む事になった

んで、核心に触れてみたくてしょうがない俺
『炒飯、スタッフどうするよ?』
気遣い0の発言
俺、気を遣うのが下手クソなのよ
余計な気を回したって、しどろもどろになる事がほとんどで
その辺の仕組みが根本から理解出来てない気がする
吉田圭佑のイニシャル『K.Y』は『空気、読めない』の略だと言われるけど、空気読めないんじゃなくて、気遣い下手ってだけだからねド畜生が

あぁ、脱線

『やるよ』
そう答えて発泡酒を良い勢いで流し込む炒飯
『俺バカだから、身体で覚えないと理解んねーからよー』
なるほど、つまりそういう事か
Liveにちょくちょく顔を出してくれてたのは
飛び上がる程嬉しくて
いや、実際に飛びあがって何度も乾杯した
単純な俺
猿だな、猿

そんな経緯を経て正式に炒飯をメンバーとして加えたジレンマ
勿論、最初から上手くいくわけ無くて
あーでもないこーでもないって、ごった返しながら何とか今のカタチになり…

炒飯一人で25分間、渋谷屋根裏のステージに立ってみたり(モノマネで!)
ジレンマの自主企画『ヒカヌ、コビヌ、カエリミヌ』ではメインMCを努めたり
今では雑務全般どころか、ジレンマの裏の看板になってる炒飯です(笑)
ありがとうな、炒飯

皆々様
これからも炒飯に格別の御愛顧を

ではでは
長くなりましたが
最後まで読んでくれてありがとう
またその内に…

Creep番外編①
『彼の名は』


creep⑮

気が付いた時にはもう晦日でした。
吉田です
(2006年12月掲載)

まあしかし、気を抜いて過ごしてて「あら、もう晦日?」ってわけじゃあなくて。
やる事やって、メチャクチャ密度の濃い1年過ごせたと胸張って思えるんだけどさ。
毎年お決まりの台詞です。
今年も「あっ」と言う間でした。

さて。
2006年、最後のCreepです。

と…言うよりは「最後のCreep」です。

元々「俺が生まれてからDILEMMAに出会うまで」というスパンに絞って書き始めたモノで。
その実、何処まで書こうか、とも悩みましたが…
当初の予定通り「出会うまで」という事で。
徒に先延ばしにして綴ることはしません。
Creepは完結します。

では。
Creep最終話を。



正直。
未だくすぶっていた。
内なる葛藤は表面化して、それでもなお抑制しようとする、ぬるま湯の惰性との間で揺ら揺ら。
俺は臆病者だ。
自分一人、説き伏せられないでいた。
自信が無い。
確証など無い。
今の生活が愛おしい。
然し、夢は追いたい。
でも、それじゃあ…

当たり前の答えを
当たり前に出せずに居た。

その年の10月末、とにかく一度会おうということになり関東まで足を伸ばした。
現住所でもある、神奈川県相模原市に。
そこで隆三と初対面を果たす。
強い目をしてるな、と。
そう思った。
淳志やマサルのソレとも少し違う感じの印象。
まぁ、皆そうだ、と言えばそうなんだけど。
確か、その日の内にスタジオに入ったと思う。
そして「この僕の手で」と「夕凪」を合わせたんだっけか?
だいたいそんな感じ。
夜はお酒を飲んだっけ。
トシカズにも久々に会えたのが嬉しかった(彼はバンドをやめていたので会えるとは思っていなかった)
2、3日滞在して。
少し感触を確かめた感じ。
つっても実際に住んでみるのとではさっぱり違うのだろうけれど。

その帰りの夜行列車。
滞在中に知り合ったばかりの淳志の知人からメールが届く。
メールの内容は飲み会が楽しかった事や、帰りの道中を案じる文章が主だった。
そして、最後は
俺をDILEMMAへと駆り立てる事になるトドメの言葉で括られていた。

「圭ちゃんが来ないのなら、音楽やめる」

それは淳志達の覚悟。
勿論、その知人が代弁したモノではあるけれど。


あぁ、俺に足りなかったのは「覚悟」なんだ、と。
ぬるま湯の惰性で築いた生活と安定。
そこからドップリ抜け出せないのも
夢を追うことを諦めて、今の生活を続けながら上を見る事をしないのも
どちらにせよ、誰のせいでもない。
他ならぬ、自分の覚悟が決まらないからだ。
もう、誰かの、何かのせいにして逃げるのはやめよう、と。
気付かされるには充分な衝撃で。

それに
こんなにも他人に必要とされた事を実感できた事は無かった。
素直に、どんな恋人が居た時よりも嬉しかった。
比較のしようは無いけどさ。
そんな感じだったんだよ。


翌日、俺は辞表を書いた。

これ以上はもう良い。
書くことが無い。
この後、3ヶ月勤続した後、2月17日に鳥取を離れた。
離れる前に沢山の人達と、沢山お酒を飲んだ。
愛されていると思った。
その日がくるまで気付けなかった自分が恥ずかしかった。

何て言えば良いんだろう。
俺、鳥取の皆に自分のバンドの事ってほとんど伝えて無いよな?
本当の本当は、この「Creep」でそういうとこ埋めたかったってのがまず最初にあった。
俺たぶん、皆にありがとうも何も言えてない。
照れ臭かったし、上手く言えんかった。
ありがとう、とかはまだまだ早いけど。

俺は元気にやっとるよ。

また美味しいお酒飲むために頑張るわ。


と、まぁ何かしんみりしたけどこんな感じ。
どうまとめて良いのかわからんわ。

実際まだ書ききれてない部分いっぱいあるからそのうち番外編でも。
そういえば炒飯が影もカタチも見えてないしな。

ではでは。
何だかグダグダな最終話ですが。
今回をもって「Creep」は一応の完結とさせていただきます。
終わってみれば15話も続いてました。
ご愛読いただいた皆様、長らくのお付き合い、ありがとうございました。

また阿呆な事ばかり並べますが、愛してやってください。
では!
お疲れ!俺!!

またね。

creep⑭

THE DILEMMA OF HEDGEHOG Keisukeオフィシャルブログ「creep」
こんばんわ
ヨシダです
(2006年11月掲載分)

めっきり寒くなって、朝起きるのが辛い。
ので、朝仕事(早番)の日は毎回遅刻。

あぁ…ヤバイ…
今寝たら…死…
でも…
走ればまだ…間に…zzz

ってなる。
でも不思議と休みの日には目ぇ覚めるんだよね。

先日、久々に丸一日ゲームした。
憑かれたようにPLAYした結果、スゲー疲れた。
あと、とてつもなく悪い事をしたような気持ちになったので、何か勝手にメンバーと話すのが億劫になった。

んで、とりあえずイベントやLIVE情報の更新なんかを炒飯に指示して、罪滅ぼしした気になった。

何この罪悪感!?

まぁでも良いか。
ごっつ強い技覚えたしな。
敵もタジタジだぜ。


さて。
本題へ。

淳志からの電話
勿体ぶる事無いか。

簡単に書いてしまうと
関東での活動を中心にバンドしないか?』
というお誘いだった。
無論、目指すのは一等賞。
当時、『一等賞』の解釈は俺とあつしで随分違ってたと思う。
ずっと関東で活動してきたあつしは、それまでに培ったノウハウだとか、言うなれば経験に裏打ちされた自信や何かをもって、あえて『一等賞』って言葉を使ったと思う。
勿論、堅実に目先も見据えた上で。
机上の空論などではない。
俺や、もしくは自分を鼓舞する意味も込めて。

まぁ、知らんけど。

俺はと言うと、ただ漠然と夢見てた。

五年間のサラリーマン生活でぬるま湯にどっぷりだった俺。
新しい波に飛び乗るには心に脂肪が付き過ぎてた。

ちょっと間違った印象を与えかねないので補足。
サラリーマンが悪いのではなく。
腐ったのはあくまで俺個人の問題。
諦念を抱えながら、惰性で生きていた。

ここで言う諦念は、前回⑬で書いた『思うところあって上京しなかった』って部分に掛かってくる。
アツシ達が上京する事になった時だな。

俺は行けなかった。

今でこそ後悔していないけれど、いや、むしろ鳥取に残って良かったと思えるのだけれど、それは今、思う存分にバンド活動出来ているからであって、当時は飲み込めなかった。
理由は書かないけど、不可抗力だったと思う。
ほとんど有無を言わさず、鳥取に残る事が決まった。

頭では理解っていても、ずっと、ずっと
『何故だ?』
って気持ちを晴らせなかった。
『終わった事だ』と言い聞かせて、そこから先は望まないのがルールだった。

何だか重い感じになっちゃってるけど…コレはあくまでそういう気持ちとして抱えてたってだけ。
毎日そんな風に思ってたわけじゃあ無いし『何故?』って疑問自体に小さな答えが出た日も幾度かあった。

職場では素晴らしい出会いもあったし、彼らと飲むお酒は特別に美味かった。
たかしと歌う事も楽しかった。
歌を通して、仲間も沢山出来た。

そう。
それは素晴らしい日々だったのだけれど
沢山の小さな幸福は
たった一つの夢を突き崩せ無かった。
夢で終わるはずだった夢

アツシからの電話の後

まるで蛇の其れの様に、ゆらゆらとその鎌首をもたげた野心。

そして俺は知ってしまった

どれだけの想いを、言葉を
殺して

殺して

殺して

俺が飛ばないでいるのかを

写真は関東にきて一年半
初めて観た東京Tower

じゃあ
また

creep⑬

陽が短くなった。
もう十一月か。
(2006年11月掲載)
また一つ歳をとった事に、焦りは無い。

怖いのは衰えていく事だ。
身体が、心が、年追いヒビ割れてゆく事が、怖い。
衰えてゆく事は、
死んでゆく事だ。


さて。
今回はサクサク進もう。

Mと微妙な膠着状態を保ったまま、俺は高校を卒業。
Vocalの座はもうほとんど俺のものだったけれど、あえてはっきりする事は無かった。
少なくとも。
奴には義理がある。
あつしやマサル、トシカズと引き合わせてくれた。
それには素直に感謝しよう。

俺は大学へ進学。
そして、半年で自主退学。
理由は書かない。

鳥取に戻ったら、またあつし達とバンドを。
バイトしながらバンドする生活を一年と半年続けた。
あぁ、そうだ。
その間にあつしとマサル、トシカズは上京
俺も考えたけど、色々と思うところがあって辞めた。
んで、俺はと言うと…
あつしやマサルの幼なじみ「たかし」と二人で歌う事にした。
俺が歌って、たかしがギターとコーラスかぶせて。。。
とかって言うと皆は「ゆず」とかその辺りを想像するのだろうけれど、いえいえ。
そんなんじゃなくて。

もっと、よく理解らない事をやってました。

簡単に書くと
「いや、つーかそれバンドでやれば良くね?」
みたいな音楽。
を、二人で。
んで。
「この僕の手で」
という名の曲はこのバンドの活動中に生まれた曲だったり。。。

正確に記すと、夜勤中に、これ以上は不可能なのではないか?これが少宇宙なのか?と感じさせる程の半端じゃない速さで地雷掃除(マインスイーパ)してたら、何処からとも無く降って湧いたメロディが「この僕の手で」のサビだった。
という事ですな。
どういう理由か、詩も一緒に。

そんなこんなしてる内にいつの間にやら就職

気が付けば五年が過ち。

ほどほどに仕事して。
ほどほどに遊んで。
酒ばっか飲んで。
適当に恋もして。

胸張ってサラリーマンしてた俺。


そんな、2004年9月某日。

買い替えたばかりの携帯が鳴った。

アツシからの着信。

運命のコールだった。

creep⑫

THE DILEMMA OF HEDGEHOG Keisukeオフィシャルブログ「creep」
これは…けっこうサボったんじゃないだろうか?
(2006年当時、約1ヶ月サボリました)
周囲のcreep待ちの声が怒気混じりになってきた。
いや、最早、待ってなどいない。
内容はともかく、とりあえず更新させよう、と。
そんな焦りにも似た重圧を…陰謀めいた何かを感じずにはいられない。
然し。
俺はついにやった。
九月、日記更新『0』という偉業を成し遂げたのだ。
更新を望む周囲の声は日を重ねる毎に大きくなり、終には罵声へと変わっていった。
だが、俺にはそんな状況を楽しむ余裕すらあった。
『クセっ毛』『天パ』『増えるワカメ』『スチールウール』『ブロッコリーのおばけ』…
一点に集中し過ぎている気がしないでもないが…フハハ!
最高の褒め言葉だぜ。
いくら掲示板で曝されようと、何処吹く風。
むしろ、余計にひねて、九月中は絶対に書かないと決めた。

が…然し。
事件は起こった。
昨日の朝、鳥取の幼馴染みから荷物(?)が届いた。
開けてみると…。
テリーマン(キン肉マンの登場人物)と、アイス等に付いてる剣の形をした楊枝が入っていた。
ただし。
テリーマンは首だけだった。

書こう。
書かねば殺られる。

はて。
何だったか?
あぁ、乗っ取りだ。
然し、当たり前に容易な事ではない。
そこで、ちょっとずつ俺が歌う曲を増やしてみた。
とりあえず居場所の確保が大事。
あと、バンドってモンがよくわかんなくて、結構な勢いでアツシに電話してた記憶がある。
そして何だかんだで長電話。
語りたがりシンドローム
若気の至り。
それこそ、今なら『ウゼー』って切られそうな勢いで。
アツshitへ。
ごめんなさい。
病気なんです。

話は変わって、この頃に初めて曲を書いた。
いや…曲を書いた、なんて言うとアレだな。

当時、俺はギターやらベースやら全く弾けなかった。
メロディと詞だけ。
コード付けたり、編曲したりってのは丸々バンドに任せてた。
懐かしい。
ちなみに、今でも現役バリバリの『AnnuiとEnd』という曲の原型はこの頃に作った。
メロディと詞は当時のままだ。
(2008年の今現在は二軍です(笑))

さてさて。
あくまで水面下で乗っ取りを画策し、着実に歌い手の座を略取しようと目論む俺。
矛盾するようだが、俺のあからさまな言動(笑)とその気配から、薄々感づき始めたM。

確実にXDayは近づいていた。

写真は金木犀の絨毯。
テリーマンはやめておきます。

creep⑪

THE DILEMMA OF HEDGEHOG Keisukeオフィシャルブログ「creep」
黒プードルは「ニーナ」という名らしぃ…。
正面から見たら怪獣でした。

ヨシダです。

さて。
何かえらく日記をサボっていた為、「早く書け」コールが渦を巻いてたわけだが。
(2006年8月掲載時)
それでも頑としてサボり続けた俺はダメ野郎で言うなら神の領域に…
いやいや。
いかんいかん。
また脱線しとる。

さてさて。
結局、芋ヤンキーMのバンドの練習を見に行く事にした俺。
鳥取駅からバスに揺ら揺ら30分。
随分と山奥まで来てしまった。
着いてすぐにMと合流し、奴の家で昼食ご馳走になった後、練習場所へ。
スタジオにでも入るのかと思いきや…あれ?
Mの家から徒歩5分程の場所で、突然、民家に入って行くM。
あぁ、メンバーを誘うのか、と括って外で待っていたら「早く入れ」と言う。

首を傾げながらお邪魔して、入ってすぐ左の部屋に通される。
おぉ。
ドラムセット
ここなのか?ここで練習すると言うのか?
民家だぞ?もうアレか?何でも有りか、鳥取は。
などと頭の中を整理していたら、外からMの馬鹿デカイ声が聞こえてきた。
そのすぐ後、ひょろりと背の高い猫背の男が部屋に入って来た。
俺を一瞥して「お」と一言発しただけで、真っ直ぐドラムセットへ。
そのまま収まる所に収まってしまった。
腕組みをして、しきりに貧乏揺すりをしている。
そのまま無言で待つこと数分、楽器を背負ったまだあどけない顔の男が現れた。
「こんにちわ」「あぁ、こんにちわ」
とギコチナク交わした所でMが戻ってきた。
Mに2人を紹介される。
背の高い猫背がマサル。見ての通り、ドラム。
楽器を背負って入ってきた彼はアツシと名乗った。ベース奏者だそうだ。
これで揃ったのかと思ったら、もう1人いるらしい…
が。
現れない。
ギタリストらしいんだけど…音信不通。
仕方なく、その日はアツシとマサルと話せるだけ話して、後は指くわえて彼等の演奏を拝見した。
何を演奏してたのかとか、そんな事はキレイさっぱり忘れてしまったけれど。
只々、生音の迫力に圧倒されるばかりで。
然し、Mの歌う姿を見て釈然としないと言うか…単純に格好良いと思えない自分がいて。
何だか何だか。
とても複雑な心持ちになった。
帰りのバスに揺ら揺ら。
Mの歌ってた曲を繰り返し、繰り返し口ずさむ俺。

結局、その次の練習にも俺は顔を出した。
現れたギタリスト。名はトシカズ。
甘いマスク(死語?)にサラッサラのストレートヘア。
サラッサラのね…。いや、深い意味は無い。
んで、早速曲を合わせる彼等。
うむぅ…。
ギター入ると迫力も段違い(むしろ当然です。然し、当時の俺はビックリ)
胸の奥で沸々と熱いモノが湧くのがわかった。
俺もちょこっと歌ってみたり。
んむ。気持ち良い。
こりゃあ良い。

皆と手を振って別れ、バスに乗り込む俺。
小さな頃、新しいおもちゃを手に入れた時に感じた様なあの高揚感。
もう一度、浸ってみたり。
ふいに。
俺はどうしようもなく欲しくなってしまった。
次に湧いたのは根拠の無い自信。

…そうだ。乗っ取ってしまおう。

夕焼けが波引く湖山池を横目にひた走るバス。
その中で、突如降って湧いたような思いつきにときめく俺。
感情を押し殺せずに、じわじわと噴出した夕闇に紛れて口元だけで笑う。

帰宅したら、夕飯が大好物の炊き込みご飯となめこの味噌汁で…
嗚呼、もう死んでも良いや、って思いましたとさ。

では。また。

creep⑩

THE DILEMMA OF HEDGEHOG Keisukeオフィシャルブログ「creep」
黒プードル。
デカ過ぎやしないか?
知人からもらった画像なんだけど…
んー。
現場に居たかった!

さて。
Creepも10回目ですな。
正直、とっくに終わってるはずだったんだけど、いざ書いてみると、アレもコレもってなって…
終わる気配が無い。
まぁまぁ。
のんべんだらりと綴っていくよ。

中学を卒業し、高校に進学した俺。
鳥取県立商業高等学校。
国際経済科。
わかり辛い。
なんだか堅苦しい名前の科だけど、要は英語が専修科目になってて、ちょっと検定とか頑張っちゃう科。
俺は根っからの文系。
理数は全くダメ。
そんなこんなで中学ん時仲良かった連中はほとんど違う学校へ。
なんだかんだでよく会ってたけどね。

学校生活においては特筆する事無いや。
よく休んで、よく早退して、よく遊んだ。
遅刻はほとんどしなかった。
汽車(電車では無く)通学だったんだけど、皆が乗る時間だと混み混みで。
人混み大嫌いなので、1本早く乗ってた。
だから、遅刻は無い。
強いて書くなら短期留学したことくらい。
ニュージーランド
最高の経験だった。

高校2年の時、演劇部の人手が足りないってんで仲良かった部員に頼まれて大道具を手伝った。
今考えたら、これが転機になったのか。
不思議なもんだ。

いざやってみると、中々におもしろい。
元々創ったり描いたりするの好きだから遊び感覚でどんどん完成させてった。
んで、迎えた大会当日。
芸術鑑賞(観賞?)は嫌いじゃない。
楽しかった。非常に。
身体を動かすの好きだけど、こういうの(文化部活動)も悪くない。
何だかもうしっかり演劇部員になってしまっていた俺。
ただ、生真面目な、という表現がどうなのかは知らんが、それに近いであろう類の人間が部員の大半を構成してたので…
どう転んだって真面目そうには見えない(らしい)俺は他校の皆様から、明らかに敬遠されまくる始末。
それでも、2回3回と顔合わしてるとさすがに慣れて、普通に話しかけられるようになった。

その中にMという男がいた。
見た目は芋ヤンキー。笑えた。
正直、どうしようもなく胡散臭い印象を持った。
奴と奴の高校の部員と話しているうちに、大会の打ち上げカラオケに誘われた。
暇だった上に、中学卒業カラオケ以来、すっかり歌う事にご執心だった俺は即答OK出した。
んで。
歌ったら褒められた。
ひどく褒められた。
図に乗る俺。
調子に乗って歌うと、負けじとMも歌う。
カラオケの後、Mは「バンドを組んでいる」と言った。
「練習を見に来ないか?」とも言った。
ほぉ…バンド…。
興味津々な俺。
翌週の日曜に練習があるのだと言う。
見に行くよ、と約束をして別れた。
約束はしたものの、練習場所までバスで片道約30分…
めんどくせーな…テキトーに誤魔化して断るかくらいに思っていた俺。

その日が、俺のバンド人生の始まりの日になるとも知らずに。

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